2026.02.27 放送
季語「あたたか」は、春になって心地よく陽気の温暖なことを言います。インターネットで検索してみると、鳥の餌は栄養バランスと自然な食習慣を考慮することが重要、とありました。小鳥はデリケートです。「ひとにぎり」に、春まだ浅い感触が出ています。あたたかさは餌でもあるし、鳥のあたたかさでもあるでしょう。
(監修:谷)
2026.02.26 放送
「春はあけぼの」とくれば、すぐに思い浮かぶのが清少納言の『枕草子』の冒頭の一節。「やうやうしろくなり行く、山ぎは…」と続きます。今日の句の「そろそろ」までは、枕草子風ですが、ここからが急展開!心の中で呟いたか、ついに口に出したかしら。帰りを促された相手はしょんぼりで、苦い春の夜明けになったでしょう。
(監修:谷)
2026.02.25 放送
「春の雪」は、春に降る雪のことで、解けやすくて雪片が大きいです。淡雪や牡丹雪が春の雪です。陶工所で、何人かが黙々と陶器を作る作業をしている様子がうかがわれます。土を練ったり、ろくろを回し、絵付けをする。だれもが寡黙の、幾多の過程の音だけが響きます。窓の外に降り出した、明るい春の雪にも気付かずに。
(監修:谷)
2026.02.24 放送
今日は郷土の俳人芝不器男の忌日です。二十六歳の短い生涯に、今もきらめく俳句を残しました。日が長くなった春の一日、ぼんやりと眺めていた一羽の鶏が柵を飛び越えました。鶏は初めての外の世界に胸が高鳴ったか、あるいは戸惑ったでしょうか。青年の焦燥と、日常の向こう側への憧れが鶏の姿に重なります。
(監修:谷)
2026.02.23 放送
学ランを着た子が、芽吹く木々の下を過ぎてゆきます。その肩がカクカクと直角であることに目をとめました。制服をピシッと着ているさまや、少年から青年へと成長する心身の鋭さが伝わります。木の芽も、つんつんと直角に突き出てきます。春の勢いを図形的に感じた一句です。
(監修:神野)
2026.02.20 放送
松山には「平和通り」という通りがあり、銀杏並木が有名です。その名の由来は明らかになっていませんが、昭和十七年、戦時中に付けられたそうです。平和通りと名付けた人は、どんな思いをこめたのでしょう。芽吹く銀杏に新たな未来を感じつつ、平和について思いを巡らせます。
(監修:神野)
2026.02.19 放送
「AにはBを」という言葉を二つ重ね、対句のかたちをとって、人間と自然の姿をリンクさせました。詩集をめくる人の吐息が、紙に眠る言葉を呼び覚まします。木々の芽も、吹いてくる風にうながされ、新しい春へほころびます。この俳句自体が、美しい一編の詩として、ういういしく呼吸しています。
(監修:神野)
2026.02.18 放送
病院や施設で、お父さまの平熱を聞かれたのでしょうか。すぐに答えられなかったときにふと、平熱だけでなく、父のことをどのくらい知っているのだろうと、あらためて考えたのかもしれません。木々が芽吹くころの雨のひんやりとした気配が、父の体温のあたたかな記憶を、遠く隔てます。
(監修:神野)
2026.02.17 放送
保健室登校の一場面でしょう。教室に行けない事情があっても、保健室に登校して、そこで勉強をする子がいます。しずかに頑張る前向きな姿勢に、エールを送るように、木々は芽吹き、空も青く晴れわたっています。たしかに春が来るように、未来はやわらかく待っています。
(監修:神野)
2026.02.16 放送
石に彫られた仏さまが、長い年月、雨風にさらされてきました。もとは道ばたや集落の一角に祀られていた野仏でしょう。いつしか輪郭もぼやけ、仏であることも忘れられ、野原の石に還ります。木の芽雨とは、芽吹きのころに降る雨のことです。古い祈りを抱いた野の石に、新たな春が巡ってきます。
(監修:神野)
2026.02.13 放送
木の芽を見つけたので、嬉しくなって、触ってみました。案外硬いので、少し力を入れてみると、指の腹のほうがやわらかく凹みます。ほんのそれだけのことですが、小さな発見に、命の本質が感じ取れたのでしょう。ふと触れた指の感覚を通して、木の芽に秘められた命の凝縮度を知る一瞬です。
(監修:神野)
2026.02.12 放送
はじめは横たわるだけだった赤ちゃんも、日々ぐんぐんと成長します。首もすわったころでしょうか。あるとき抱っこしていたら、ぐぐっと仰け反りました。赤ちゃんの視界には、その瞬間、尖りはじめた木の芽が見えたでしょうか。小さな体に秘められたパワーに驚き、胸打たれます。
(監修:神野)
2026.02.11 放送
宿坊は、寺社に併設された宿泊施設です。今では一般の人も泊まれるところが増え、お寺や神社の日常を体験することができます。宿坊に泊まり、お経を読み、薪を割ります。そんな体験のひとつのように、木の芽風も吹いてきました。感覚が研ぎ澄まされ、季節にも敏感になった気分が、リズムよく伝わります。
(監修:神野)
2026.02.09 放送
冬の間は葉を落としていた木々たちも、春になるとぐんぐん芽吹きはじめます。春先、うららかに晴れるひと日を「木の芽晴」と呼びます。平和憲法により、日本は戦後八十年の長きにわたり、非戦を貫いてきました。新たな春も、その先も、生まれ来る命を喜び、「戦せぬ国」であり続けることを願います。
(監修:神野)
2026.02.06 放送
「萌え」が春の季語です。「草萌」「下萌」といって、早春に草の芽が萌え出してくる様子を言います。花の無かった花壇にも、土を割って草の芽が出始めました。しかも、ひしめいて。「何々ぞ」という言葉に、春の訪れに沸き立つ心が伝わってきます。作者・年尾は高浜虚子の長男。今日の句は松山市の明楽寺を訪れた時の作だそうです。
(監修:谷)
2026.02.05 放送
「余寒」は、寒が明けてから、なお残る寒さを言います。旅発ちとは、春になって長い旅行に出かけるのか、それとも、この時期なら新しい生活や仕事を始める門出を指しているのか。春の訪れに嬉々とした気分で靴を履こうとしたとき、ひそむ余寒に思いがけなく心が引き戻された気がしたでしょう。
(監修:谷)
2026.02.04 放送
今日は、二十四節気の一つ「立春」。暦の上では待望の春。まだ寒さは厳しいのですが「りっしゅん」という明るい響きに、心身がしゃんとします。昨日までなおざりにしていたあれこれにも向き合う気分になれました。散歩道の草花を一輪挿しに挿したり、玄関の額を替え、明るい色のシャツを引っ張り出して、生活に弾みをつけます。
(監修:谷)
2026.02.03 放送
節分の今日、家々で豆まきの声がしていそうです。立春の前日、新しい季節を迎えるにあたって邪気を払う一つの方式で、すなわち豆まきは厄払いだそうです。一家の主が「鬼は外」「福は内」と、大声で唱えながら家の出入り口や部屋に撒きます。撒き終えたあとの暗闇の余韻のように、三半規管の奥に我が声が籠っています。
(監修:谷)
2026.02.02 放送
ぐうたらで気弱なのは人ではなく、ソファー。人とソファーが一体化している感じです。自分のことか、家族の誰かを呆れて眺めている気もします。あるいは長年愛用しているくたびれたソファーそのものかも。季語「春隣」が、怠けている気弱なモノを肯定しています。もうすぐそこに来ている春の気配が、ソファーを包み込んでいます。
(監修:谷)
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