1973年、愛媛県八幡浜市生まれ 松山市へ移り4歳からピアノを始めるが、大好きなピアノも年一回の発表会では いつも泣いていた記憶がある。小学校4年生の冬、器楽部が盛んだった雄郡小学校に転校し、ここから中学・高校と長く続く私の部活動生活が始まる。 中学校では'あの'おとろしい鈴木清先生が吹奏楽部の顧問やから、私には到底無理…と思っていたけれど音楽室の掃除に当たっていた時「阿部さんアメあげるけんおいでや。」と言われて、のこのこと見学に行った私の前にユーフォニアムという楽器が現れた。この3年間、音楽する喜びを分かち合ったブラス仲間は私の一生の宝物☆ 中3になると、友達らは高校受験に向けて勉強し始めたが、お勉強がたまらんイヤでぐずぐずよもだ言う私を、母はよくドライブに連れてってくれ「海外へ出て色んな事見たらええ。」と言っていたせいか、"いつか外国へ行きたい。"という夢があった。
これまたブラスで伊予高校へ入学。ピカピカのユーフォニアムを買ってもらって地元の素晴らしいユーフォ奏者、長谷川公彦先生にレッスンして頂くようになった。本当にひょんな事から、フランス放送オーケストラのテューバ奏者だったメル・カルバートソン氏のレッスンを一度受けることができた。プロレスラーのような外見の彼だが世界で最も優れたテューバ奏者の一人で、とっても心の大きな温かい人だ。「いつでもフランスへ来たらええわい。」(伊予弁か?)と言ってくださり「よし、行くぞ!」と漠然と思うようになっていた。この人がキッカケで私のフランス生活が始まり、結婚相手と巡り合った事になるんだよなあ・・・。
愛媛大学教育学部特設音楽科を卒業後、7年ぶりにメルの所へ電話。「あのぉ、覚えてますかぁ?フランス行きたいんですがー。」「ほったらおいで」と・・・。 どうやらリヨンの学校の入試をするみたいで、一人楽器を持って松山空港を発った。えっフランス語?しゃべれんよ〜。リヨン国立高等音楽院はフランスの最高レベルと聞き、入試が受けられるだけでもラッキーじゃあ、と思ってたが何も分からぬまま合格してそれからじわじわと4年制である事、楽器以外の授業もいっぱいある事など、大変な事が分かり始めたのだった。何も知らない私にメル先生をはじめ、クラスのみんな、とりわけジェラーという子はよくしてくれた。学校ではピアノも再開して他の授業もパスできて、4年後に審査員満場一致の一等賞で卒業。
よくしてくれたジェラー(愛称ジェジェ)は知らん間に彼氏になってて、彼の仕事がダックスに見つかり一緒に引越し。 翌年2001年7月結婚。外国人だしやっぱり音楽で生活するのは難しいけれど、フランス中たくさんのプロのオーケストラで仕事させてもらったり、地元でピアノのレッスン、コンサートなどして暮らしてます。趣味でやってるフラメンコもおもしろくなってきた所。まだまだこれから!よ。